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2008年5月 5日 (月)

AVP2に愛はあるのか

「エイリアンVSプレデター」の1、2を続けてみました。

実は「エイリアン」シリーズが大好きなんです。ベストはもちろん「1」なんですが、

最初は存在すらもよくわからなかったエイリアンも、「2」以降は隠れているのか、隠れていないのかよくわからないくらい大暴れして、どんどんアクション性が強くなりますよね。

 で、好き嫌いも分かれるんですが、それぞれの作品に個性があって、どの監督たちもみな「エイリアン」という存在が好きなんだろうなぁ、自分のエイリアンを表現したいんだろうなぁと思えるんです。そう思えば、「エイリアンシリーズ」は、シリーズ作品というよりは、みんな「エイリアン」を取り上げたオマージュ作品なんですよね。

そこがまたエイリアンシリーズのおもしろさかと思うのです。

それがこの「エイリアンVSプレデター」はどうも「プレデター」の方に肩入れしているんですよね。エイリアンは宇宙最悪のトカゲで、みんなの嫌われ者だと。

その設定がどこまで好きになれるかが、こちらのシリーズを好きになれるかどうかの鍵になる気がします。逆にいえば「プレデター」が好きになれるかどうか。

この点で、私はやっばりもうひとつ納得できないところがあるんです。

だって、プレデターは基本的にずるいでしょう。まず、敵に見えない特殊装備をつけている。目の前にいても見えない。透明人間の狩人なんて、まずずるいじゃないですか。さらに自分の目は高度なセンサー付きで、武器も飛び道具満載。自動照準で、バンバン撃ちまくります。

一方のエイリアンは食欲と種の保存だけを求める純粋な生物です。だから、良いも悪いも、本能で行動しているわけです。それがプレデターはそのエイリアンを自分たちの腕自慢大会をするためだけに、地球に連れてきて、鎖でつないで、卵を産ませ、かつ人間を生け贄にして増やしては、狩りを楽しむという傍若無人ぶり。おまけに、腕試しで負けたとなると文明ごと滅ぼして事実を隠蔽しようとする体質で。もう存在に同情の余地がない。

「エイリアンVSプレデター」の「1」ではなんとか人間とのコミュニケーションを図り、お互いに近づいたのかなぁというところで、この不満を緩和してくれたんですが、「2」はもう人間は邪魔者そのもの。エイリアンの暴れる地球を、罪滅ぼしに助けに来たのかと思ったら、やっぱり隠蔽にきただけ。せめて、かっこいいカウボーイとして登場するならまだ許せるものを。そうななるともう人間の存在なんかどうでもいいんですよね。エイリアンシリーズの成功には、シガニー・ウィバーの圧倒的な個性がやはり大事だったわけですが、そうした存在がAVP2には出てこない。殺されても、逃げ惑っていても、誰に感情移入していいのかわからない。主人公がいなくなったのは本当に致命的。おまけにラストは「biohazard」のパクリとは。うーん、「エイリアン」にも「プレデター」にも愛がなくなったのね、このシリーズは。

ここまできたらいっそのこと人間を抜きにして、どこかの惑星で戦いまくってくれても良かったのに。シリーズはまだ続けたいみたいなんですが、これから良くなるのかなぁ、このシリーズは。アメリカの方ではプレデターがそんなに人気なんでしょうか。これなら素直にエイリアンを作ってくれた方がずっとうれしいなぁ。

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